mpola×mpola

mpola×mpola ~青年海外協力隊inウガンダ~

2019年2次隊/ウガンダ/コミュニティ開発隊員の2年間の記録

もうすぐ1ヶ月。2月24日。

何気に数日ぶりにの更新。 お尻で病院に行ってから気がついたことが一つ。みなさん、あいのりってご存知でしょうか? あいのりアフリカンジャーニー。Netflixでやってましたよね。実はウガンダもその舞台の一つで。 訓練所の時も3話くらいみんなに混ざって見たんですが、こっちきてからよくよくみたら、なんと!はり坊(わからない方はぜひあいのりを見てみてください!)が体調を崩して検査に行った病院、自分が行った病院とおんなじだったのです。

なんか感動しました。はい。笑

さて。1ヶ月近く経ち、身体も多少壊し、でも慣れ、心も慣れ、少しずつ周りの視線にも慣れ。うまくことが進まないことにも慣れ。

もうある意味心にある程度の空白、余白を作っておくことが活動の中で大事になるのかなぁ、ととても抽象的な言い方ですが、そう思うのです。

色々壁はあります。この壁を乗り越えたら今度はこれ。身体が良くなってきたら今度はこれ。

色々あります。 でも、一応自分なりの全力で日本で働いてきた3年半は本当に自分の支えとなっている。

あぁ、この壁は前にも経験したことあるなぁ。前よりは高いけど。なんて言うふうに落ち着いて考えれば俯瞰してみることができる。 この俯瞰してみるまでに、まだ熱くなったり、考えすぎたりして時間はかかるんだけど。

こういう壁と出会うことには意味があって、その壁として現れることやもの、ひと、全部本当は感謝するべきなのかも。その時はマイナスの感情を抱いてしまったとしても。

とにかく。これまでも本当の本当に慣れて、余裕を持って物事を見て、人と接するまでにはある一定の時間を要した、というのが自分の経験。仕事もそう。2ヶ月くらいは物事の捉え方を変えるのに要した。今回は任地に来て今のところ1ヶ月。まだまだ何か起こるだろうな。なんなら2年間いたらもっとだけど。

でも自分をある意味信じて活動していきたいと思います。 自分の名前は開拓の「拓」と果実の「実」からなります。 遠回りして時間がかかっても着実に事を進めていく、道を切り拓いていけるように。 そんな思いを込めて両親がつけてくれた名前。

自分で言うのもあれですけど、これまで、その意味通りやってこれたと思っている。

もちろんその裏には、たくさん支えてくれている人がいるし、もうほとんどそういう方々のおかげです。ありがとうございます!!(おれかな?私かな?って思った方は、そうです!あなたにありがとうと言っています!!)

ありがとうございます。本当に。

さぁ!今週も1日1日あっというまにすぎるだろう!あっという間という言葉に焦りすぎず道を切り拓いて行こうと思う。

今日は完全に日記です。笑 最後にこの前切れ端から作ったリボンをば。

合格から1年。ウガンダにいる自分。

昨日チボガに戻ってきて、今日から再び。 電気のチャージをしたり、水道の鍵を持つ少年を探したり。ヨサムのお店でホットミルクを飲んだり。

焦りすぎず。

さてさて。思えば一年前。協力隊の2次試験の結果が手紙で届き。

合格結果はネットで確認していたので、あとはどこの国なのか、それだけドキドキで待機していたことを思い出す。

元々、一次隊、そしてボリビア🇧🇴を志望していた自分。いざ蓋を開けてみれば、まさかのアフリカ、ウガンダ。笑

しかも、バイク必須で、英語レベルもB。 どうなることかと思ったけど。色々体調に苦労もしているけど。目標としていた、途上国で活動する、ということを探りながらではあるけどしている自分がいる。 もちろんその中身が大切なんですけどね。

大学4年時、国際協力に携わりたいという密かな思いから、就活では民間でありながら、そういった分野に関連する企業、団体を受けたり。

結局第一志望には落ち。 でも、卒業前に協力隊の存在を改めて知り。

2016年。福島の大学生だった自分は、卒業式の次の日には二本松訓練所で開かれた説明会に参加していた。笑

当時社会人3年を経て、これからニカラグアに行くという隊員と出会い。彼の存在、熱さが、社会人として働いて、経験を積んで協力隊に挑戦しよう、と思わせてくれた。

この書き方だと、入社前の現実逃避、入りたくなさを感じさせてしまいそう。事実、この時は前職のその先にあるものばかり見ようとしていた。懐かしい。 そんなことを思っていたけれども、前職との巡り合わせにもとても感謝している。若手が動きやすいように、なんだかんだでサポートしてもらって。おかげでいろんな経験をさせてもらった。

協力隊を受けていることを伝えても、背中を押してくれた。何なら休職制度を新たにつくるように動いてくれたり。自分は一度面接で落ちているんですが、その後も応援していただいたり。 いざ、合格したら、帰ってきた時にここに縛ってしまうのはもったいない、ということで結局自由な選択肢を与えてくれたり。 退職後もついつい、「うちの会社は、、」とまだ在籍しているかのような話し方をしてしまったこともあった。実はウガンダに来てからもたまにホームページを見ていたりもする。

それぐらい自分にとっては、自分を作ってくれた大切な場所だったのだと思う。

たくさんの刺激しあえる同期、恩師にも出会えた。

その他にもいろんな人に助けてもらって今自分がここにいる。不思議です。

新卒入社した4年前。ウガンダにいる未来は想像できなかった。1年前もそうだけれども。

ただ、人は自分が本当に心から望んで行動していけば、時間がかかったり、遠回りしても、その方向に進んでいけるのではないかな、と思う。

写真は右がお手本、左が練習中のメンバーの作ったポーチ。時間がかかっても、少しずつ進んでいこう。というか、普通にすごいよ。 と思った今日。

診察後、最初の活動。

もう何度尻関連の話をしたことか。 昨日病院にかかり、内部の腫れ、外側の傷があることがわかりましたが、とりあえず手術、とか専門医に診てもらって、とか。 そこまでには至らずに済みました。

メッセージやドミでお会いして声をかけてくださった皆さん、ご心配をおかけしました。そしてありがとうございます。

しばらく様子を見ながらになりますが、座薬等を使いながらお尻をいたわって過ごしたいと思います。

そんなわけで、明日には任地に戻るのですが、今日はカンパラでクラフトを作っているメンバーに会いに。

待ち合わせはマケレレ大学。 アフリカでは知られた名前。聞くところによると日本語のクラスもあって日本人の先生もいるんだとか。すごい。

ゲートの外側はいわゆる"ウガンダ"という感じなのに対し、ゲートをくぐると閑静な住宅街のような落ち着きよう。とても静かでした。

ここで彼女のクラフトや今後のグループのあり方など。なんだかんだで4時間くらい話し込んでいた。昨日あんまり長く椅子に座らないようにね、とドクターから言われたばかりだったんですが。

話した内容については、なんか盛りだくさんで、まだ頭の中の英語を整理できていません。課題もたくさんあるし、でもミシンがなくてもできることもたくさんある。

現に外国人のクライアントを獲得して、服から小物まで、様々な商品を作っている彼女。どんな切れ端も無駄にしない。あまった生地から小物を作ったり、テーブルクロスのようなものを作ったり。

小会議の後、実際に作業をしている部屋も案内してもらって。生地の管理もかなりきれいに分類、まとめられていました。

とにかく勉強させていただきました。そして彼女含め、いろんなメンバーに助けられて活動していくんだろうなぁ、と感じた今日。また、前任が築き上げてきた基盤のようなものも今日の話しの中でたくさん感じました。

明日からまた任地に戻ります。 尻に鞭打ちすぎず、またone by oneで、Kamu Kamuで活動していきたいと思います。

ウガンダで2度目の病院。からのビザ更新手続き。

今日はウガンダで2度目となる病院へ。 1回目は腸チフスの予防注射で、ウガンダに来て直後に同期隊員と共に。

そして今回は尻切れ出血で。これはもういわゆる痔、です。ホームステイあたりから切れ始め、任地赴任後に悪化。普段はぼっとんトイレで生活していますが、水洗トイレを使ったら鮮血で便器がそまり。

そんなこんなで、首都カンパラにあがり、診てもらいに来ました。 健康管理員さんに事前に予約してくださっていたのでスムーズに診察室へ。

ドクターはウガンダの方で、エリートという雰囲気が滲み出ている。 一通りの質問を受け、いざ触診。 いや、これが痛かった。日本でも味わったことの無い経験をウガンダですることになるとは思っても見ませんでした。

結果、外側に切れている箇所があるのと、内側も少し腫れているとのこと。元々買っていた塗り薬と今回処方された座薬2週間分を併用してください、とのことで、ひとまず大事にはならずにすみそうです。 ただ、座りすぎは良く無いので注意してとのことでした。幸いにも、自分はコミュニティ開発隊員。フィールドに出て歩き回ることの方がメインと言えばメイン。 しばらくはお尻に負担をかけないよう細心の注意で生活する!笑

今回の件で学んだのは、何事も早め早めが吉!特に身体のことは途上国での生活ということもあって、環境、精神状況など見えないストレスやプレッシャーやらが常にある。

だから我慢しないことが大切ということ。これは日本で働いていても同じだと思いますが。

ちなみに病院でかかった費用は、 診察代が95,000UGX(2900円くらい)、 薬代が30,000UGX(900円くらい)でした。

日本と比べてどうなんでしょう?保険証と言う恩恵に預かっているのでいまいち相場が分かりませんが。

病院の後、今日は就労ビザの更新手続きにイミグレのオフィスに来ています。 見た感じ、インドや中国、ヨーロッパ系やアメリカまで様々な国の人たちが手続きを受けに来ています。

日本で生活している外国人の気持ちが今ならわかります。こういう諸々の手続きに右往左右して、やっとのことで一つの手続きが完了する。

車も持っているわけでは無いから徒歩や、公共交通機関を色々調べまくってなんとかたどり着く。たどり着いても、その国の窓口の習慣とか時間帯とかで、開いていない、または結構な時間待たなきゃならない。

日本にいるときに、免許センターで手続きをする外国人の方々をたくさん見たのですが、彼らも日本の窓口対応に苦労したことだろうなぁって思います。それぞれ別の窓口に何度も案内されて、しかも日本語で。

こういう気持ち、体験を忘れずに日本に帰ったときに海外からの人たちに接したいなぁ、と思わされました。 ※手続きが終わるより先に、こちらを書き終えました。笑

今日の写真たち。 ウガンダのスーパーマーケットの様子。カンパラには外資系のお店もたくさんあります〜

病院前夜。20日ぶりの首都、カンパラ。

任地21日目。と言いたいところですが、今日は任地ではなく、首都カンパラにいます。 お尻の痛み、そして今朝から喉が痛く早めの就寝をしたのですが、寝付けずブログを書いています。

早朝にチボガを経ち、バスに揺られること3時間半。久しぶりのカンパラ

久しぶりのボランティアドミトリー。 公務で首都に上がっている先輩や同期たちに会って自然とほっとする自分。 何より同期たちに会えたことは、安心した。それぞれの任地、活動のことを聞くことができて、みんな色々なことに直面したり、試行錯誤していることが分かって。 よかった。いろんな意味で。

そして。任地から持ってきた洗濯していない衣類を洗濯機にかけ、このありがたみを再度実感し、ケンタッキーを食べ、アイスを食べ。

夜には先輩達と一緒に生姜焼きを作っていただきました。美味しかった。楽しかった。

任地では基本一人での食事。周りには日本人もいない。そして、あんまり肉を食べる機会もない。肉は調理が手間なので。

そんな状況から食べた生姜焼きはとても美味しくて、ちょっと日本に帰りたくなりました。笑

明日はお尻の状況、いわゆる痔になり出血しているところを診察してもらいに病院に行ってきます。

今日の一枚。任地の朝焼けです。

任地20日目。一時、帰還します。

任地20日目。明日、一旦首都に上がることにしました。本来任地1カ月の滞在を一応決められているのですが。出血が止まらないので病院に行くことに決めました。

健康管理員さんに相談し、週明けに病院に行くことに。イスを洋式トイレ代わりに設置したりと、工夫もしてみましたが、2年間というスパンを考えると早めに病院に行くべきかな、と。

また、エジプトでコロナの感染が確認されたり、アフリカでもいつ何が起きるかわからない、もしコロナが広まってしまったら、、もう自分の尻切れ出血どころじゃなくなってしまうので。

気持ち的に、考え方的に余裕が出てきたかなぁ、というタイミングで体の方がそれにノってこないというか。思ったようにいかない日々です。笑

ただ、マイナスなことばかりではなくて。 カンパラに上がることで、首都在住のクラフトグループメンバーに会えることになりました。

彼女は前任が去り、自分が赴任するまでの間に加入したメンバーです。クラフト自体にも、そしてビジネス、マーケティングなどにも詳しいようで「早くジンジャにマーケットを見に行きたい!」と意気込んでいるほど。

今後は彼女と一緒にマーケット開拓などをすることになりそう。 どんな話ができるか楽しみです。でも期待はしすぎません。笑

そして、在庫数をリーダーのAndrewに共有したことで、彼も彼で在庫管理のフォーマット案を作成してくれました。本来はパソコンで管理できたら良いのですが、今彼はパソコンを持っていないので紙媒体から始めることになりそう。

彼も元々IT分野の方なので、もうこの分野は自分がどうこう言えるものでもないな、とも思っています。

こうして見ると、改めて自分がこのグループに関わっていくことで生まれる意義、というか、影響ってなんなんだろう、って考えさせられました。

これはネガティブな意味ではなくて。 ビジネスの知識をある程度持つメンバーがいる、しかもマーケティングにも意欲的、ITの知識を持つリーダーもいる。

そんな中で自分ができることは、彼女ら、彼らのストーリーを発信していくことなのかもしれない。一応前職では広報をやってきたので、そういう経験を活かしていきたいなとも思ってます。そのためにはやはりメンバーひとりひとりの生活の現状や課題、この活動に対するモチベーションや思い描いているもの、そういうところから聞き取りをしていかなくては、とも感じています。聞き取りの方は中々うまく進んでいませんが。

こう見るとなんだか、いわゆるコミュニティ開発のイメージというより、なんだか広報担当というイメージもある気がします。

あとはやっぱり前任の頃と違い自分はグイッと引っ張るリーダー(あくまでイメージです)というよりはサポート型に徹しようかと思っています。初代と二代目で関わり方も同じではないと思っていますし。

一緒に旅する仲間が増えていく現状がある中で、自分は協力隊員、という期間限定の仲間(ワンピースで言えばアラバスタ編のビビ的ポジション?)でもあるので。

広報もまさにサポート型な気がします。そしてチボガから中々出ることの少ないメンバーとカンパラに住むメンバーなど、彼らのつなぎ役として動いていく、でも良いのかなと考えています。

そんなわけで一時、帰還します。 まだまだ航海は前半の前半、東の海(イーストブルー)くらいなもんなので。 回復することも仕事です。

今日入った店で出てきたホットティーの容器がよくわからない水筒でした、という写真をお届けして今日はここまで。

任地19日目。トイレ事情について。

任地19日目。 今日はあんまり思ったように動けませんでした。 というのも。こちらにきてから、特にチボガでのホームステイをしたあたりからお尻が切れ、首都で治ったものがまた、任地に赴任してから再発したのです。

前職の頃からたまーにお尻が切れることはあったので、くせになっていると言えばそうなのかもしれないのですが、ウガンダに来てからのそれは便器が赤くなるほど。

鮮血にびびる自分。 その原因はおそらく、ぼっとんならではのしゃがみ込むスタイル。一説ではこの体勢の方が便が出やすいなんて話も聞くのですが、どうも自分的にはこれが問題な気がしていて。

力のかけ方が強く入りすぎてしまう、そんな仮説を立てています。実際そんなことを書いている記事もありました。

ウガンダのトイレ事情を少し紹介すると、洋式トイレもあれば、日本のような和式に近いタイプもありますし、現在自分が住んでいる長屋のトイレのように穴あき式、いわゆるぼっとんトイレもあります。

場所や所得などによって、トイレもそれぞれ。 同じ穴あき式でも、その深さによっては臭いがあんまりしないところもあれば、浅めのところはわりと臭う、とか。

本当に色々。 現代日本では中々味わえないトイレライフをおくれていますね。笑

ただ、この穴あきスタイルは自分のお尻にはどうもマッチしない。このままだと本当に痛くなりすぎて活動に支障が出かねない。実際、今日は歩いている時も気になってしまって早めに帰宅しました。

とりあえずの策で設置したのがこちらの椅子。もうね、あるもので生きていくしかないんですよね。笑 横にすれば洋式トイレみたいに座れるのでは?という発想から設置することにしました。

これで数日様子を見る。でもどちらにしても一度病院に行きたい気持ちです。2年間、ですからね。笑

日本にいると中々実感できないありがたみを感じさせてもらっています。 早く良くなりますように。(切実)